宝石の中の金魚 【コンデジ高感度撮影の限界に挑む その2 ISO 800】
・Canon PowerShot S100でISO 800のRAWで撮影
・DXO Optics Proでデフォルトの補正
・カラーレンダリングをカラーポジフィルムからFuji Velvia 50をチョイス
・露出とホワイトバランスを微調整
・4000×3000から、3000×2250にリサイズして、JPG最高画質で保存し、web経由でTumblrにUP
さらにこちらでは
ちょっと前、「ジューサーの中に金魚を入れる」という現代美術の展示があった。
ジューサーの中に金魚と水が入っていて、スイッチだけリモコンで、観客の側に置かれる。観客は誰もがそのスイッチを押すことができるようになっていて、「いつでも金魚を殺せる」という、その感覚が展示になっていた。
金魚の寿命を延ばすものこの展示で、実際にボタンを押せた人はたぶんいないのだろうけれど、これをたとえば、ジューサーに入れた金魚をインターネットで公開して、ネットの向こう側にいる誰もが、匿名のままそのボタンをクリックできるようにしておくと、誰かがボタンを押してしまう。多数決ルールを導入して、「ボタンを押した人が累計で10人を超えたら、ジューサーの電源が入ります」という看板を出しておくと、ボタンが押される閾値はますます下がる。
匿名ルールを廃して、たとえばTwitter のような、押した人をある程度トレースできるメディアで展示を公開しても、状況はそんなに変わらない。IDの追跡が可能になってしまうと、今度は逆に、あえて押してみせることを、一種の表現として利用しようという人が出てくるだろうから、金魚の命運は、やっぱり危ういままになってしまう。
恐らくはたぶん、「ボタンは誰でも押せます。累計で10人の人がボタンを押すとジューサーが回ります。その代わり、10人のうち1人だけ、押した人の氏名が公開されます」という但し書きが、金魚の生存確率を高めてくれる。
売名目的の人にしてみれば、自分の名前が公開されない可能性があるならば、自分の行為が無駄に終わってしまうリスクがあるし、怖いもの見たさの人は、「10人のうち1人」という理不尽さがためらいを生んで、やっぱりボタンは押せないだろうから。
完全匿名も、完全公開も、「完全」が、ルールに対する過度な信頼を生んで、常識の垣根を踏み越えて、ぎりぎりまでやる人たちを生み出す。確率論的な理不尽さを持ち込むと、ルールはもう、誰からも信用されなくなる。ルールに対する不信が自制を生んで、自制は落としどころとしての常識を生み出していく。
埼玉県坂戸市小沼で「金魚仙人」と呼ばれている金魚養殖家・川原やどる(うかんむりに居)さん(97)が今春、品種改良で緑色の金魚の繁殖に成功した。約40年前、金魚を飼い始めて間もなく決意してから、様々な品種同士の交配と失敗を繰り返してきた。「ついにやった。生きているうちにできて良かった」と感慨
ジューサーの中に金魚と水が入っていて、スイッチだけリモコンで、観客の側に置かれる。観客は誰もがそのスイッチを押すことができるようになっていて、「いつでも金魚を殺せる」という、その感覚が展示になっていた。
この展示で、実際にボタンを押せた人はたぶんいないのだろうけれど、これをたとえば、ジューサーに入れた金魚をインターネットで公開して、ネットの向こう側にいる誰もが、匿名のままそのボタンをクリックできるようにしておくと、誰かがボタンを押してしまう。多数決ルールを導入して、「ボタンを押した人が累計で10人を超えたら、ジューサーの電源が入ります」という看板を出しておくと、ボタンが押される閾値はますます下がる。
匿名ルールを廃して、たとえばTwitter のような、押した人をある程度トレースできるメディアで展示を公開しても、状況はそんなに変わらない。IDの追跡が可能になってしまうと、今度は逆に、あえて押してみせることを、一種の表現として利用しようという人が出てくるだろうから、金魚の命運は、やっぱり危ういままになってしまう。
恐らくはたぶん、「ボタンは誰でも押せます。累計で10人の人がボタンを押すとジューサーが回ります。その代わり、10人のうち1人だけ、押した人の氏名が公開されます」という但し書きが、金魚の生存確率を高めてくれる。
売名目的の人にしてみれば、自分の名前が公開されない可能性があるならば、自分の行為が無駄に終わってしまうリスクがあるし、怖いもの見たさの人は、「10人のうち1人」という理不尽さがためらいを生んで、やっぱりボタンは押せないだろうから。
完全匿名も、完全公開も、「完全」が、ルールに対する過度な信頼を生んで、常識の垣根を踏み越えて、ぎりぎりまでやる人たちを生み出す。確率論的な理不尽さを持ち込むと、ルールはもう、誰からも信用されなくなる。ルールに対する不信が自制を生んで、自制は落としどころとしての常識を生み出していく。
夜、高いビルに忍び込んで風景を見る、というのをよくやった。
「忍びこむ」というのがポイントで、
新宿センチュリーハイアットは穴場でよく行った。
行ける一番高い階まで行き廊下のつきあたりのドアを開けると非常用の階段のある踊場で、地上百数mのそこにちょこんと座れる出窓があった。
お金もないしヒマだったのでそういう遊びをしていたのだ。
私はまだ学生で少し漫画も描き始めてはいたけど、
古着屋か雑貨屋の店員の方が将来の展望としては近かった。
金魚鉢のようなガラス窓の西新宿の高層ビル群の夜景を見ながら、
「きれい」とか「ロマンチック」という類いでなく「ぐらつくような不安」
「奇妙な居心地の悪さ」という感覚の方をより楽しんだ気がする。
よく男の子ともぐりこんだ割にはHなことは一度もそこでしたことがない。
手を握ったり、キスしたりとかも。
ただぼんやりと夜景を見てた。そして飽きて地上に戻るのである。
via 花椿 1996年2月号 (via mnknst) (via shunta) (via tinyreminder) (via cut-c) (via jinon) (via hanemimi) (via otsune) (via yellowblog)
金魚の名前、キャビアとフォアグラとトリュフにしよって呟いてたら母に「知性と理性と感性にしよ、どれが最初に死ぬか(笑)」って言われたからたぶんあの人はサイコパス
— すめらぎ (@_jasminism_)
July 25, 2018
from http://twitter.com/_jasminism_
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734 :名無しさん@HOME:07/10/16 01:43 0 ID:?
一言で言うと相手を信用する。それが秘訣。
今まで妻の言動に腹が立つ事がよくあったのだが、ある本を読んで、その中に書いてあった、
「その人と全く同じ人生を歩んだら、まったく同じ行動(ここでは腹立たしい言動)をするだろう」
という内容。たまたま、自分はその人とは違う人生を歩んだだけで、同じ立場ならきっと同じ事を
するだろう、と。
それを意識するようになって、妻の話をよく聞くようになった。
するといつも彼女は懸命に生きて、懸命に物事をこなしていることに気がついた。
どんなに腹立たしい事があっても、それに至る理由をよく聞くと、なるほど俺でもそうするだろうなぁ
と思う。いつ聞いても最後には納得できる答えが返ってくるんよ。
そのうち、聞くのがめんどくさくなってきて、どんな事があっても、いちいち理由を聞かなくても、
ああ、それなりの理由があるんだな、と思うようになって、生活から俺の(妻に対する)怒りが消えた。
なにがあっても怒らなくなった。だって、必ず俺を納得させる理由があるんだもん。
つまり、妻を全面的に信頼、肯定している形。
そういう俺に対し、妻も同じ態度で俺に接するようになり、この人はどんな時も私の味方なんだ、と
自信をつけた様子で、どんな事も相談してくるようになった。妻からの完全な信頼を感じるようになった。
ここに書き連ねたらキリがないほどの好ましい循環が始まり、精神的な結びつきを強く感じるようになった。
相手を変えるより自分を変える、この言葉を確かなものとして学び取った気がする。
夫婦円満に過ごす秘訣 | ライフハックちゃんねる弐式 (via fujimonao
)
これは自分向けに書かれてるのでは、と錯覚。
(via tanakamp) (via iyoupapa) (via dewtruth)
(via kaiteki61) (via hazime1373) (via biggarden)
(via goboh) (via scudroid) (via pedalfar) (via vmconverter) 2010-02-15(via rosarosa-over100notes, fujimonao-blog)
(via gkojay)
(via edieelee)
(via yuasa)
(via quote-over100notes-jp)
